>Requiem

その4・・・・震災の朝2・・・

さて、前回は震災の朝、ダンナが仕事に行ってしまったので
残された妻と子は・・・でしたね(^^;

そうなんです。とりあえず揺れはおさまった。
電気もついた。
見える範囲の周りでは、そんなに被害がなかった。
ダンナも仕事に行った(^^;
ってことは、これは大したことじゃなかったのね・・・
平常心平常心・・・平常心を取り戻そう、と
次に私がとった行動がなんと洗濯だったんです(^^;
洗濯機がベランダに置いてあったので出てみると
斜め下の奥さんも洗濯機を回している(笑)
そうよ、なんでもなかったんだから、日常を取り戻すために
いつもの通り洗濯をしようと思ったんですねえ(^^;
しかも、お風呂の残り湯をつかって(@@)
今思うと、なんと災害に対して無知だったのか、
お恥ずかしい限りですが、景気良く洗濯して
お昼ご飯の為にお米を洗おうとしたら・・・
水が出ない(^^;
もちろん、断水ですわね。今までは水道管に残っていた
水が出ていただけなんですねえ。
それを貯めておけばこそ、洗濯に使ってるんだもんなぁ(^^;
トイレはどうするんだ?・・・・・目の前真っ暗(^^;
そんな私でしたが、ガスを使うのだけは怖かったんで
やめたはずです。電磁調理器を使っていたと思いますわ。
電気は来ていてよかった(^^;
仕方ないので、お餅をチンしてお昼に。
しかし後は、洗い物も出来ないし掃除してる場合じゃないし
外遊びにも行けないし、ひたすら家でテレビをみていました。
はい、その頃は神戸の様子もテレビに流れていましたね。
なんだか、ぼーぜんと見ていた記憶があります。
幾筋もの煙があがる神戸の街を
道の真ん中に倒れるビルを
慣れ親しんだ繁華街を

当時子供達はまだお昼寝をしていたんですが、
断続的に余震があるんですよ。それも、震度3はざらっていう(^^;
子供達を寝かしつけて、となりの部屋でぼーっとテレビを見ながら
余震が来るたびに、子供達のところへ走ってなぜか
座椅子を頭にかぶって覆い被さってました(^^;
なにか落ちてきた時の為に・・・と思ったんでしょうが
建物が倒れたら意味ないのに・・・・・(^^;
夕方になって、近所のご主人が隣の市では水が出ているから
汲みに行こうと誘ってくれました。
プラスティックの衣装ケースをカラにしてワゴン車に積み込み
車でほんの10分でしょうか。
隣の尼崎市では、全く普通の生活をしてるんですね(^^;
飛び込んだ角のお店で飢えた人のようにカップ麺とお茶を
買いあさり(近所の店にはとっくにそう言うモノはなくなってました)
公園の水道で水をくみました。
飲み水には使えなくても、当面のトイレの水が欲しかったです(^^;
夜はどうしたんだっけなあ?
たまたまダンナがコンビニに立ち寄った時に、新しい商品が入ったばかりで
とてもラッキーだったといいながら、おにぎりを買ってきてくれたんだったか。。
そして夜は、服を着たまま床につきました。
そしてそれから1ヶ月以上、
怖くてパジャマに着替えて寝ることは出来なかった。

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