>Requiem

その10・・・・震災から数日・・・

確か、震災から3日とたたないうちに、私たちも実家に身を寄せたんだと思います。
小さい子供がいたご近所さんは、みなどこかしらに一時的に行ってしまって
昼間一人になっては心細かったし、幼児をつれて給水車にならんだり、遠くに
買い物に行ったりはとても出来なかったし(^^;
しかしですね、実家も同じ市内で思いっきり被災地なのですよ(^^;
もちろん、ガスもでてなけりゃ水道も出てない。周りにあった古い家屋は全壊。
実家はプレハブの2階建ての建物の1階部分だったのですが
不幸中の幸い。重い瓦屋根があるわけでなく、建物自体にはほとんど
被害はなかったのですね。食器が飛び出してほとんど割れていたり
テレビがふっとんでいたり、家の中はうちよりもひどかったくらいです(^^;
そう言えば、地震があったとき、父は起きていて仏壇のご飯をしようと
台所に立っていたそうです。そして地震のあと、父が寝ていた場所には
タンスが倒れていました。仏様が助けてくれたんだねえと後々まで言ってました。
ほんのわずかな時間と場所が生死をわけた地震でした。

さて、実家もライフラインを絶たれた被災地。といえども、ラッキーだったのは
すぐ近くに井戸水なのかなんなのか、未だによくわからないんですけど
水が出ていたんですね。ちょろちょろちょろ・・・って感じなんですけど。
それをその家の方が使わせてくださったので、バケツに汲んで
さすがに飲用にするには怖かったんで、主に洗濯や洗い物に使ってました。
洗濯は洗剤を使うとすすぎ水がたくさんいるので、汚れのすくない下着類を
水洗いだけで。そして汚れ物はまとめて父が電車に乗ってコインランドリーで
洗濯してくれていました。冬だったから、よかったなあ・・・って思いましたね(^^;
えーと、もちろんお風呂は入れないので、週に1,2回、銭湯に行きました。
髪だけは我慢できなくて震災後10日くらいで行きつけの美容院が営業していたので
無事を確認がてらシャンプーしてもらいに行きました(^^;
溜めた水を石油ストーブやらカセットコンロやらで沸かして、洗ってもらいました。
なんだかとても贅沢ないけないことをしてる気がしましたが・・・気持ちよかったです(^^)

食事の支度は私が家から持っていった電磁調理器とカセットコンロで
ほぼ難なくこなせました。(って大したモノは作れなかったはず・・・
買い物行けなかったんだから^^;)
洗い物も、私はお手上げだったのに、母は米のとぎ汁を沸かして
それで洗い、溜めた水で手際よくすすいでました。
さすが亀の甲より年の功(^^;文明の利器に慣れちゃダメだな(^^;
湯沸かしからお湯を流しっぱなしで洗う事を反省したのに
元の生活に戻ったらすぐ元の木阿弥・・・(^^;
反省してないやーん!


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